◆◇六つの紋章をめぐる物語◇◆

創世記

10.土の章 デッサロッサ、地を泳ぐ


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土の息子は山の峰の地面に両手を当て、魔力をそこに込めた。
彼が触れた部分の地面が液状化し、両腕、頭、両肩、上半身、腰、両太腿、最後に足の爪先と、ずぶずぶと沈み込んでいく。
全身が呑み込まれると、元の固く締まった地面に戻った。

今日の土の種族もよく使う《土隠れ》と呼ばれる魔法だ。
魔法の技術に長けている者なら、躯の周囲の空気も一緒に巻き込んで地中に潜り、長時間そこに留まっていることができる。
とは言え、余りに奥深くへ潜るのは、熟練者でも余程のことがなければやらない。
万が一魔力が続かなくなり、外へ出るのに間に合わなければ、地中に閉じ込められ、押し潰されて、間もなく窒息して死を迎えることになる。
そんなことをするのは、勇気があるというより、命知らずと呼ぶべきだ。

土の息子は、構わずに山の深層部へと潜っていった。
この山地の土壌には、彼にとって抗しがたい魅力があった。
父のシャスタの地は、地表で生成されたいろんな有機物がごちゃごちゃと混在した泥炭や石灰岩や赤土ばかりの堆積だった。
ここのはまるで性質が違う。
ここの土壌は、とりわけ分子が多く結合したもので構成されている。
それが土の強力な精気エレメントを生み出している。
それは非常な高熱で生まれたもの、非常に古い時代に生まれたもの、この世界の最深部から来た非常に純粋なものだ。
そんなものが層を成して、山地を造形していた。

すす色の岩石の層を下へ下へと進んでいくと、ちらほらと見えていたとびっきり固くて純粋な輝石の割合が次第に増えていき、やがてその輝石のみでできた、土の精気の非常に満ち溢れた層に到達した。
そこにそいつが待ち構えていた。

そいつは山と大差ないほどの巨体を地中に長々と横たえていた。
光の届かない土の中なので見えはしないが、そいつの体の表面に魔法で刻まれた不思議な文様がびっしりと走っているのを土の息子は感じた。
その文様の魔力が強力な土の精気を生み、周囲にとびっきり純粋な輝石を生成していたのだ。

それを目の当たりにして、土の息子は見境のない欲望に囚われた。
とびっきり純粋な輝石が放つ魔力が、彼にも力を与えるせいだ。
この地中の怪物を意のままに従わせ、この輝石を存分に手に入れたいという思いに取り憑かれた。
そうすれば、無限の力を得ることもできそうに思えた。

土の息子は両手でそいつの躯をがっしと掴んだ。
相手と比較すると、躯も魔力も、彼は蟻んこほどの大きさしかないというのに。

地中の怪物は、土の息子が躯に触れると、それまでぐっすりと眠っていたのがさっと眼を覚ました。
そして、悠然と身をくねらせて泳ぎ始めた。
その巨大なひとくねりが、とてつもない速さを生んで進んでいくので、土の息子は必死でしがみついていることしかできなかった。

怪物は、世界の中心の園から北東の方角へと、山地の地中をくねくねと進んだ。

怪物がついに地上へ浮上し、その巨大な魚の頭を突き出したのは、エノクルス山の山頂であった。 そこで巨魚の怪物は土の息子を地上に解放し、言った。

《我が力を欲するならば、唱えよ》

土の息子は巨魚の怪物が望むままに歌を唱えた。
巨魚は死の世界へ還り、後に純粋な輝石の巨大な塊が残された。
そこには巨魚の躯にあった魔法の文様が刻まれていた。