◆◇六つの紋章をめぐる物語◇◆

創世記

8.土と火と水と風の章 アズヴァーンの四人の息子


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ある時、小屋に入れてあった羊たちが、夜中に狼に襲われた。
小屋の扉の下の地面を掘って、中に入り込んだのだ。
翌日、アズヴァーンと息子たちは、小屋の周りに音の鳴る木板の罠を仕掛けた。
音で脅かして追っ払おうと考えたのだ。
しかし効果はなかった。
狼は再び小屋に入り、羊を襲った。
アズヴァーンたちは直接狼を狩ろうと草原を歩き回ったが、機敏な狼の群を仕留めるのは容易ではなかった。
それで羊のことを諦めていたのだが、不思議なことに、それから二度と小屋の羊が襲われることはなかった。

それが風の息子の仕業であることをアズヴァーンが知ったのは、だいぶ後になってのことだ。
息子たちは成長し、アズヴァーンと互角の体格になっていた。

ある晩、アズヴァーンは小便に起きて外に出て、羊の小屋のそばを通りかかり、足を止めた。

小屋の周りに何かがいる気配がある――。

獣が周囲を嗅ぎ回っている微かな物音であるのに気がつき、狼に違いないと悟ったが、アズヴァーンは獣と戦うよりも逃げようと思った。
光の息子である彼は、夜の暗闇が大の苦手なのだ。

狼を刺激しないように足音を忍ばせて後退あとずさろうとしたその時、狼の一匹がギャンと悲鳴を上げ、群の仲間はそれを合図にぱっと向きを変えて逃げ去った。
アズヴァーンが逃げずにその場に留まったのは、足が竦すくんでいたからだったが、お陰で真相を知ることができた。

羊の小屋の中にいた風の息子が扉を開けて外に出てきて、思いがけず父親に出くわして眼を丸くした。
そこにいるのは図々しい狼だと思っていたので、危うく風の魔法でやっつけてしまうところだった。

こうしてアズヴァーンは、風の息子が母屋で寝ていたことがなく、ずっと羊の小屋で夜の番をしていたことに初めて気づいたのだった。

ここで何をしているのかとアズヴァーンに問い質ただされ、風の息子はぽつぽつと打ち明けたが、跋ばつが悪そうにずっと俯うつむいている。

責めているつもりはないのだが――。

この息子は、アズヴァーンの前ではいつもこんな態度だ。
彼があまり自分に懐いていないことについて、アズヴァーンはこれまで重く考えたことがなかった。
自分が彼を少々苦手に感じていることについても。
最悪、不運な病や死を迎える結果になりさえしなければ、それで良いと思っていた。
彼とはあまり相性が良くないが、息子はほかにもいる。

だがその晩は、珍しく彼と二人っきりで向き合ったせいかもしれない。
彼が少々不憫に思えた。
一人で羊を守ってきた彼には、充分な報いが必要だと思った。

「お前、羊が好きかね?」

そう尋ねられ、風の息子は父親を見つめて口元をぴくぴく動かしたが、やはり黙っていた。
優しい気持ちになっていたアズヴァーンは、構わずに続けた。

「なら、お前に羊をやろう。しっかりと世話をするならな。どうだ?」

その言葉に、最初風の息子は、呆気に取られてぽかんと口を開いていた。
しかし、状況の理解が進むにつれて、興奮で眼が輝き始めた。
どうだ、欲しくないのか、とアズヴァーンが言い募ると、風の息子はとうとう答えた。

「欲しい! 俺、ちゃんと世話するよ!」

風の息子は力強く言った。
晴れ晴れとした笑顔を浮かべている。
全く翳かげりのない笑顔だ。
風の息子が自分にこんな表情を向けることができるとは。
風の息子が本心では父親に悪意を持っているわけではないことを確認したように感じ、アズヴァーンは良いことをしたと満足した。