どのように生きてきたのか考える貧しき言葉が満ちる夜は |
ユウアイの印のようにたたまれたノートの切れ端にアンゴウ並ぶ |
どれほどの思い伝わるというのか現状維持が格差となって |
名前だけくっきりと書く少年の解答用紙が最後の答え |
冬の日に飛ばした小鳥を追ってUターンした道はもうない |
香ばしく焼かれるバナナ数えて原型を忘れるガトーショコラ |
日曜の朝に煮上がるジャムを待ち食卓の花飾り終える |
やわらかく微笑むあなたに春の風願いをきっと届けにきたのね |
少年は自ら生きる空間をカタカナ世界に見出してゆく |
梅の花が咲きましたと速達の葉書ののちに訃報また聞く |
少年はまだ眠い朝かろうじて嫉妬心だけ抱えて歩く |
夜の川の前に立てば仔猫鳴くこの街に一つ生まれるいのち |
春の陽はつま先立ちの少女等が紅さす指をあたたかくして |
ふわふわのシフォンケーキが焼けましたとマスターは今開店準備 |
雛飾る幼き日には笑わない弟がいた 今日からは春 |
カフェごっこする休日真っ白なランチョンマットに取り換えてみる |
アルバムの真ん中にいる弟は水玉のシャツに着替えたばかり |
片方の上履きシューズ脱ぎながら明日の約束なんかしないで |
路線図を調べる人はその先にある悲しみにまだ気づけない |
ひだまりで笑う少女のスカートが揺れて春の日さよならと言う |
逆光の中でその人に問う夏助手席の背が戻されたわけ |
足音の主を探して一日を終わらせてゆく少女は悲し |
君は笑って生まれたからと私の名を呼ぶ父も老い始めている |
いい足りない気持ちのまま見送った飛行場にてチョコレイト買う |
記念日を数える少女が春の日にさよならと言う春の日が来た |
行くあてがあるのかと問う春の日にマーブルとなる君のかたちが |
戻れない場所かも知れぬ少女にはピアスとリング外した部屋は |
頑なに拒む一文字なぞれば冷えゆく窓の結露はじまる |
チーズ焼く夜に凍えてなんかない来ぬ人のいた冬なんかより |
柚子ジャムの瓶の数だけアイシテル2本目からは小さめにして |
パイ生地をたたむキッチンから逃げた林檎のようだね「お帰りなさい」 |